日本健康教育学会は、「健康教育・ヘルスプロモーションの充実・推進およびその普及を図ること」を目的として、1991年に設立された学術団体です。主な活動として、年次学術大会やシンポジウムの開催、学会誌の刊行、委員会や研究会活動などを行っています。地域保健・学校保健・産業保健の各分野で研究と実践に携わる専門職を中心に構成され、2022年4月末現在の会員数は約1,073名です。
第31回日本健康教育学会学術大会は、「エビデンスと実践のギャップに挑む」というテーマとしました。基礎研究をはじめ、臨床研究や疫学研究などにより明らかになったエビデンスを、社会にいかに還元し実践につなげるかという視点で、健康教育やヘルスプロモーションの果たすべき役割と方法について考える機会としたいと考えます。
最近、社会実装という言葉を聞く機会が増えてきました。その基礎となる学問的体系も確立されつつあります。社会実装の考え方は最近に始まったことではなく、健康教育やヘルスプロモーションの研究や実践において先進的な役割を果たしてきた偉大な先人によって、その必要性が指摘されてきました。
1950年に世界で初めて肺がんと喫煙の関係を疫学的な研究手法を用いて明らかにしたアメリカのWynder博士は、「科学の進歩のためには、発見の科学 (Science of Discovery) とともに、応用の科学 (Science of Application) が必要である」と述べています。同博士は、自分が設立したAmerican Health Foundationにおいて、疫学の研究成果を社会に還元するために、包括的な学校健康教育プログラム “Know Your Program” を開発し、アメリカ国内だけでなく海外にも普及する活動を推進しました。日本でも,本学会の会員や関係のある教育関係者を中心に日本版が開発され、文部科学省の薬物乱用防止教育の導入につながっています。
また、循環器疾患予防の大規模地域介入研究のランドマークといえるNorth Karelia Projectが1970年代にフィンランドで実施されました。このプロジェクトでは、行動科学や教育学、疫学、公衆衛生学などの学際的な研究体制の下で、ハイリスク対策とポピュレーション対策を組合わせた地域介入が実施されました。研究開始5年度には、得られた成果をもとにフィンランド全体に取組が拡大されています。このプロジェクトを統括されたPuska博士は、阪神大震災直後に大阪で開催された日本疫学会において、リスク要因を解明する「What to doの疫学研究」だけでなく、リスク要因の改善を図る「How to doの疫学研究」を積極的に行うべきと、講演の中で熱く語っておられました。
第31回学術大会では、「温故知新」の精神で、これからの健康教育やヘルスプロモーションの進むべき方向性をみなさんと一緒に考えたいと思います。まずエビデンスの構築すら十分でないと言える環境整備をテーマとして鼎談を行うほか、シンポジウムでは、行動変容手法として注目されているナッジの強みと限界についての議論と、医療におけるヘルスプロモーションや医療サービスのクオリティギャップの改善をテーマとした内容を計画しています。新しい試みとしてMeet the Expertを企画し、アクションリサーチや性教育,ナッジ,無関心層ヘルスコミュニケーションといった、会員にとって関心の高いテーマについて、エクスパートとの対話を通した学びと交流の機会を予定しています。
新型コロナの感染流行が予想外に長期にわたっており、本学会の学術大会は、2020年は中止、その後2年間もオンラインでの開催となっています。2023年7月には開催地を東京として、会場をアクセスがよく、宿泊施設も備えた永田町の施設とさせていただきました。久しぶりに学会員が東京に集い、旧交を深めるとともに、新たな出会いやつながりを持つ機会となればと考えています。
2022年11月
第31回日本健康教育学会学術大会
学会長 中村正和
(公益社団法人地域医療振興協会
ヘルスプロモーション研究センター長)